2006年11月28日
麺者 服部
最寄駅: 水道橋 住所: 東京都千代田区西神田2-1-8 TEL: 03-3221-1232
東口から白山通りを南に200m
営業時間: 平日11:30-16:00、17:30-22:00、祝日11:30-20:00(通し営業)、土曜11:30-15:00 休日: 日曜
メニュー: らーめん680 じゅーしーつけめん730 盛り合わせらーめん890
らーめんを食う。
家の近くのラーメン屋がどこもこのぐらいうまいと良いな〜と言った程度のうまさ。
うまいけと期待感がないというか、、
どんぶりが小ぶりで深い。ちょっと食いづらいかな。
今度は、ジューシー麺とやらを、でももう行くことないな、きっと。
2006年11月27日
2006年11月26日
2006年11月25日
ラグビー日本代表54 vs 0韓国代表

テレビにて観戦。
シャットアウト。で、うれしいのだが、、、、、
いやほんとめちゃめちゃうれしいのだが。
チャットまけることも期待していたことも事実。
だってこれじゃ何も変われない気もするものだから、、、、
それだけ腐っているような気が、あの人たち。
とりあえずワールドカップ出場権獲得。万歳。
子ども会 幼稚園
合唱、合奏、劇など子の数ヶ月の練習の成果を存分に堪能。
立派になったものだと思う。
劇では主役を張ったものの親としてはやはり気を使う。
子供に主役をと思った親はほかにもいるはず、そういう気兼ねは面倒なので、こうゆうことにならないよう願っていたものの、やはり。なぜか息子は先生受けがよくえこひいきされる運命にあることはなんとなく気がついている、結構どこに行ってもそうなのだ。
周りに気を使い地味な衣装をと作っては見るものの役に負けないようにともっと派手に、と園長先生。衣装ぐらい園で作ってくれないものかと思いつつ派手に派手に。
今頃○○くんちの親は大部気合が入っているわね〜などといわれているかと思うと、、、、、
毎度ねたんでいる親は結構いると聞いている。
いい加減えこひいきはやめてほしいとも思う。
どんなちょい役で子供がやりたくないと思ってもそこが教育のチャンスと思っているのにそういう親は少ないようだ。うちではそういうともりなのにいつも。
なんか人間関係めんどくせ〜!!
といっても苦労しているのは母親なのだが、、、、
今後もそういう運命なのだろうと覚悟だけはしております。
そういう3年間でした。
2006年11月23日
石垣ラー油
http://www5d.biglobe.ne.jp/~A_Pengin/念願の、石垣ラー油を入手。
依然、通販で購入しようとし他ところ、数ヶ月から半年待ちだったため、たかがラー油と思い購入を断念。最近になって取扱店が増えたと聞き、毎月20日前後の入荷という情報を入手していたものの見かけたことがなかった。息子の模試で荻窪に出かけた妻が、駅前のスーパーで偶然発見しやっとのことでめぐり合えた。
札幌一番の塩にこれを入れて食べるのが好き。
石垣ラー油に入っている唐辛子か何か?の沈殿物を少々取り出してどんぶりに入れ、ラーメンのスープ(粉)はいつもの半分以下もたし、お湯を入れててゆでた麺を。もちろん麺をゆでたお湯は使用しない。やったことはないのだが、スープの粉は使わず、何かうまい塩を換わりに使って食べてみたいとも思っているところ。
こんなつまらん物でもこれを入れることによって相当なもの、ということはちゃんとした料理に使うとなんとすばらしいことか、、、以前購入した事がある香港のペニンシュラホテルのXOジャンに近いものがある。
ラグビー早慶戦、慶早戦じゃありません。
早稲田、外に振りすぎ、ワンパターン。後半立て直したことはよし。
近めを行って外。
縦をついて外。
何でもっと早く気がつかないの?
ロングパスに自信ありすぎ。
慶応、モールサイドおよび、ラックサイドのタックルよし。
早稲田実力が上回っているものの何故モールで押し込めないのか疑問。素人につき。
でも早稲田が勝ったからよし。
テレビにて観戦。
今年は息子の模試のため現地入りできず。残念。
2006年11月20日
2006年11月19日
2006年11月18日
2006年11月17日
無料ブログで始めるスタイルシート入門
ISBN:4883374599
239p 24×19cm
ソシム (2005-09-08出版)
・大藤 幹【著】
[B5 判] NDC分類:547.48 販売価:\1,984(税込) (本体価:\1,890)

<本2006>
早川広行のPhotoshop CSプロフェッショナル講座 基本編
2006年11月15日
2006年11月14日
ちくま新書 考えあう技術―教育と社会を哲学する
SBN:448006222X
270p 18cm
筑摩書房 (2005-03-10出版)
・苅谷 剛彦・西 研【著】
[新書 判] NDC分類:370.4 販売価:\819(税込) (本体価:\780)
<本2006>| 「ゆとり教育」は「学力低下」の事実によって追いやられ、「学びのすすめ」へと方針転換された。 さて、では「学び」と「教え」との間に生じる関係性、つまり教師と生徒の間の知識伝達の共有は、どのように起こるのだろうか。 本書では「わかる」の現象学的な試みを、教育社会学者と哲学者との間で徹底してつめていく。 「いま、なぜ勉学をするのか?」という問いかけから、「私」よりも「公」を重んじようという風潮に疑問を投げかけつつ、個人の自由と社会的平等の両方が成り立ちうる地点をめざして、「ともに考え、わかりあう」みちすじを模索・考察する。 |
| 序章 教育と社会を哲学するために 第1章 今なぜ「学ぶことの意味」を問い直すのか(「学ぶことの意味」の変遷;個人のさまざまな自由と「学校へ行くこと」) 第2章 「自由な思考」と「知識の共有」は両立するだろうか(個人の自由と公共の利害について;知識とはどういうものか ほか) 第3章 考えあうこと、理解すること(「わかる」を掘りさげる;役割と責任) 第4章 「学ぶ意味」をどう再生するか |
| 教師と生徒の間の知識伝達の共有は、どのように起こるのだろうか。「ともに考え、わかりあう」みちすじを、教育社会学者と哲学者とで徹底的に模索・考察していく。 苅谷剛彦[カリヤタケヒコ] 西研[ニシケン] |








